フレディ・マーキュリー没後30年、『ボヘミアン・ラプソディ』の魅力を探る!

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1991年11月24日に、HIV感染合併症で亡くなったフレディ・マーキュリー。イギリスを代表するロック・バンドのシンガーとして、45年という短い生涯を駆け抜けた人生を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』。没後30年という今年だからこそ、改めて本作の魅力を振り返ってみたいと思います。



 

『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットを記録したワケ

世界中で人気のあったロック・バンドQUEENの伝記映画ということで、公開前から注目されていた『ボヘミアン・ラプソディ』。『ボヘミアン・ラプソディ』をはじめ『We will rock you』『We are the champion』などの曲は、若い世代でも聞いたことがある名曲です。

当初はクイーンをリアルタイムで聴いていたアラフィフ世代が映画館に足を運んでいましたが、クイーンを知らない若い世代にも人気が浸透。大ヒットした理由は映画の出来はもちろん、ロックバンドとしてのクイーンの魅力につきると思います。

今までのステレオタイプを打ち破った音楽性は目を見張るものがあり、何世代にも受け継がれる音楽を作り出した偉大なバンドの物語は、世代に関係なく多くの人々の心に響いたからではないでしょうか。

フレディ・マーキュリーについて

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1946年9月5日 、当時イギリスの保護国だったザンジバル島(現在のタンザニア)で、ゾロアスター教徒の両親のもとに生まれました。インドで幼少期を過ごし全寮制の英国式寄宿学校に通い、7歳の時にピアノを弾くように。

その後ザンジバル島に戻るも革命が起こるなど政情が不安定になったため、家族とともにイギリスへ移住。アートカレッジで芸術やグラフィック・デザインを学んだ後、ブライアン・メイやロジャー・テイラーと共にクイーンを結成しバンド活動を開始します。

アルバムがヒットして世界ツアーを行う人気バンドになり、数々の名曲を発表。エイズに感染して体調を崩し、1991年11月24日に45歳という若さでHIV感染合併症のため亡くなりました。


親日家

『ボヘミアン・ラプソディ』ではほんの一瞬ですが、日本に来日したシーンが出てきます。クイーンの魅力に一番に気付いたのは、本国イギリスではなくなんと日本!クイーンは当時イギリスでは酷評されていましたが、日本ではクイーンの音楽性とそのルックスが話題になって、初来日時は空港にファンが殺到して大変なことに。

初めて自分たちを受け入れてくれた国、日本はクイーンにとって特別な国になり、特にフレディの日本愛は相当なものでした。来日時には数千万円分の骨董品を買い占めて、自宅は日本の骨董品だらけで日本庭園も造ったほど。

映画でもフレディが部屋着で着物を愛用していたり、部屋に日本の骨董品を飾っていましたよね。クイーンのアルバム『華麗なるレース』には、「手を取り合って:Teo Toriatte(Let us Cling Together)」という楽曲が収められています。この曲のサビの部分は日本語で歌われていて、日本のファンに捧げた曲として知られています。

 

『ボヘミアン・ラプソディ』見どころ

サクセス・ストーリー

 

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クイーンというバンドの伝記映画、ということでクイーンのサクセス・ストーリーが描かれます。バンド結成時や名曲『ボヘミアン・ラプソディ』が誕生するまでのエピソードが盛り込まれ、ファンならずとも楽しめます!映画を観て思ったのが、クイーンが世界的なバンドになったのはやはりその絆と結束なのでは?と感じました。

素晴らしい音楽はもちろん、メンバーの絆が生み出すケミストリーが素晴らしい音楽を作り出したことは間違いないのでは、と思います。途中いざこざはあるものの、1970年の結成からメンバーが脱退することなく同メンバーで続けるのは相当なことです。

世界的なバンドU2も、結成時からメンバーが変わらないですよね。世界的に成功するバンドは、音楽だけでなくメンバーの絆と結束も大きく関係しているのでは?と感じました。

アイデンティティーに悩むフレディの姿

フレディ・マーキュリーは同性愛者であることに悩むと共に、生い立ち、自身の宗教、肌の色、人種などアイデンティティーについても大いに悩む姿が描かれています。劇中でよくパキスタン人に間違われて、困惑するシーンが出てきますよね。

LGBTやバイレイシャルなど多様性が受け入れられている現在と違い、当時は同性愛者やマイノリティーとして生きるのは大変だったはず…。フレディの葛藤や苦悩を丁寧に描き、次第に自分を受け入れていく過程も大きな見どころです。

フレディが日本に対して特別な感情を抱いているのも、初めて自分とクイーンを認めて受け入れてくれた国だからなのでは?と感じてしまいます。

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主演のラミ・マレックが素晴らしい!

 

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本作の主役を演じるラミ・マレックは、『ボヘミアン・ラプソディ』の演技でアカデミー主演男優賞受賞とゴールデングローブ賞 主演男優賞を受賞しています。本作でブライアン・メイを演じるグウィリム・リーのそっくりぶりに比べると、ラミ・マレックは全然フレディに似ていません。

それでもラミ・マレック演じるフレディに、全く違和感なく感情移入できる素晴らしい演技力に脱帽!世界的なロックシンガーにして、アイデンティティーに悩むフレディを巧みな演技力で演じています。

ラミ・マレックをキャスティングした人って、本当に見る目があるな~!と感心してしまうほどで、彼以外のフレディは考えられませんよね。

QUEENの音楽性

映画内のコンサートのハイライトとして描かれるのが、1985年に行われた「ライブ・エイド」。「アフリカ難民救済」を目的としたチャリティ・コンサートで、20世紀最大と言われたチャリティ・イベントです。筆者もライブ・エイドをリアルタイムで見たアラフィフ世代で、洋楽一辺倒だった筆者はテレビにかじりついて見ました!

なので映画内のライブ・エイドのシーンは鳥肌が立ちました~、このシーンだけでも何回観なおしたことか。ブルース・スプリングスティーン、U2、スティングなど大物ミュージシャンが登場するなか、やはりクイーンのパフォーマンスは圧巻!

大人になってライブ・エイドが行われたウェンブリー・スタジアムでU2のコンサートを観たのですが、その時も「ライブ・エイド」が行われた会場なんだなあ、と思いにふけりました。

フレディ亡き後に1992年に行われた「フレディ・マーキュリー追悼コンサート」も、ウェンブリー・スタジアムで行われ、ライブ・エイドに劣らないくらい大規模ですごかったですね。フレディ・マーキュリーの偉大さを、改めて感じるコンサートでした!


『ボヘミアン・ラプソディ』まとめ

クイーンというバンドの軌跡、フレディ・マーキュリーという素晴らしいアーティストの人生を描いた傑作音楽映画。音楽人として一人の人間として、苦悩し葛藤しながらも自身の道を切り開いていく姿が共感を呼びます。バンドのサクセス・ストーリーとしても、人間の成長物語といても傑出した仕上がりで、たくさんの人に見てほしい映画です!

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